ストレス研究memo
タニカワ久美子のストレス管理研究課題・目的Vol.164
2024年11月7日更新
現代の職場環境は、デスクワーカーにとって心身の健康に関する課題を抱えている。とくに長時間の座位作業は、運動不足やストレスの増加を引き起こし、心身の健康に深刻な影響を与えることが多くの先行研究で指摘されている。Thayerら(2010年)1)は、長時間の座位が自律神経系の不均衡を引き起こし、心拍変動(Heart Rate Variability: HRV)の低下やストレス増加に関連していることを報告している。
また、Healyら(2019年)²)は、職場における身体活動とHRVの関係をメタ分析し、短時間の軽度な運動がHRVを改善し、ストレスを低減する可能性を唱えている。これらの知見は、HRVがストレス評価の指標として有用である。
HRVは、自律神経系のバランスを反映し、ストレスや健康状態の指標として広く用いられている。心拍間隔の変動を分析することで、HRVは生理的ストレス状態を非侵襲的に評価する信頼性の高い手法である。高いHRVは副交感神経の活性化させ、リラックス状態やストレス耐性を向上させる。一方、低いHRVは交感神経の活性化を示し、ストレスや不安の増加リスクがある。
HRVは自律神経系の活動を詳細に評価できるため、心理的ストレスの評価にも用いられる。心理的ストレスは、脳から自律神経系に伝達される信号を介して身体の反応として現れることが多く、その変化はHRVの低下や変動の減少として反映される。
HRVによる心理的ストレス評価は、特に心理的負荷や精神的緊張の状況において有用である。たとえば、急激なストレス状況下では交感神経が活性化し、心拍数が増加しHRVが低下することが知られているが、HRVを測定することで、ストレスが個人に与える心理的影響を客観的に捉えることができる。さらに、HRVは長期間にわたる慢性的なストレスをも反映し、ストレス耐性やメンタルヘルスの指標として用いることができる。
Kimら(2018年)は、ストレスが高い個人では交感神経系が優位になりやすく、運動を行っても副交感神経が十分に働かないため、HRVが低いままになると報告している。このようにHRVの測定は心理的および生理的ストレスの評価において重要な役割を果たすことが分かる。心理的ストレスが自律神経系の不均衡を引き起こし、それがHRVの変動として現れることから、HRVは心理的ストレスの定量的な指標として特に有用である。
心電図(ECG)によるHRV測定は、詳細な生理的変化を捉えるための高精度な方法として標準的であり、交感神経と副交感神経の活動を精密に評価することができる。近年では、ウェアラブルデバイスを用いたリアルタイムHRV測定が急速に普及し、手軽に日常生活や運動中のストレスレベル状態を測定できるようになってきて、個人の生理的ストレス反応を即時的に観察し、管理することが可能である。ウェアラブルデバイスの利点は、継続的にHRV測定できる点に加え、比較的購入金額が安価で一般ユーザーにも普及し、さらには医療器レベルの測定精度が向上している点である。そのため、これらのデバイスを使用した研究論文も近年急増しており2)3)4)、臨床研究や健康管理の分野で注目を集めている。このような技術の進展により、ウェアラブルデバイスは職場や家庭におけるストレス管理を支援するツールとしての重要性を増している。
2)長峯邦明,関根智仁,時任静士.ここまで来たウェアラブルセンシング技術と今後への挑戦:科学と教育;2020(68)11
3)Nakagome, Kazuyuki, Manabu Makinodan, Mitsuhiro Uratani, et al.Feasibility of a Wrist-Worn Wearable Device for Estimating Mental Health Status in Patients with Mental Illness.:Frontiers in Psychiatry / Frontiers Research Foundation ;2023,14
4)天笠志保, 荒神裕之, 鎌田真光ら.医療・健康分野におけるスマートフォンおよびウェアラブルデバイスを用いた身体活動の評価:現状と今後の展望.日本公衆衛生:2024;68(9)
本研究は、職場におけるデスクワーカーを対象として、運動習慣の有無および顕在性不安度がHRVとストレスレベルに与える影響を検証することを目的とする。職場環境においてGARMIN製手首型デバイスを用いた生理データのオフライン収集を通じて、運動と不安が生理的応答に及ぼす動的な影響を明らかにし、これに基づく個別化されたストレス管理プログラムの設計に貢献することを目指す。先行研究では、Andradeら(2021年)⁷)が示すように、日常的な運動はHRVの改善とストレス応答の緩和に有効であるとされているが、顕在性不安度が高い人々においては、運動の効果が限られる可能性が示唆されている。このような知見に基づき、本研究では顕在性不安度の影響を検討し、より効果的なストレス管理のアプローチを明らかにすることを目指す。
仮説として、運動習慣のある者はHRVが高く、ストレスレベルが低いことが予測される。また、顕在性不安度が高い群では、交感神経の過度な活性化が影響し、勤務中の職場での運動ではHRVが回復しないと推測される。
本研究では、リアルタイムモニタリングを通じてHRVとストレスレベルの詳細な変動を観察する。これにより、従来の固定的な測定方法では捉えきれなかった個別の生理的反応を明らかにし、職場環境における個別化されたストレス管理プログラムの構築に資するデータを提供することを目指す。